都心のホテル、屋外プールが減っている理由

猛暑の夏。各地のプールは連日大にぎわいだが、都心のリゾートとして親しまれてきた高級ホテルの屋外プールが減っているのをご存じだろうか。ここ数年、建て替えや業態転換に伴い廃止されるケースがじわじわと出ているのだ。都内への進出が目立つ外資系高級ホテルのプールはほとんどが屋内で、新しく屋外プールを作る例は見当たらない。そこにはどんな事情があるのか。

釣り堀に転身

 

 「デートスポットとしていいですね!」。8月上旬の昼下がり、品川駅高輪口から徒歩3分の複合商業施設「シナガワグース」の敷地内。真夏の日差しが照りつける中、都内の大学院に通う保志周作さん(23)は笑顔で話す。

 

 目の前にあるのは縦25メートル、横9メートルの釣り堀「品川フィッシングガーデン」。700匹ほどのコイが放されている。

 

 実はここ、以前は「ホテルパシフィック東京」の屋外プールだった。京浜急行電鉄が運営していた同ホテルは1971年に開業し、宴会場や客室、レストランを備えた都市型総合ホテルとして知られた。

 

 だが開業後40年が経過し、施設の老朽化やライバルの都市型ホテルの相次ぐ開業で競争力は低下。このため、京急は既存設備を有効活用する形で宿泊特化型ホテルと飲食テナントからなる「シナガワグース」として2011年にリニューアルオープンする。

 

 その際、「宿泊特化型ホテルにプールは適さない」として、かつては夏のひとときを楽しむ家族連れやカップルでにぎわった屋外プールは釣り堀に転身した。

 

 転身後もなかなかの人気で、若い女性の「釣りガールズ」やサラリーマンなどがやって来る。来場者の8割は初心者。釣り堀を運営しているドリーム・イニシアティブ(東京・港)の宮崎基夫マネージャーは「都心の真ん中で手ぶらで気軽に釣りが楽しめるのが大きなセールスポイント」と話す。

 

 釣りざおは持ち込み禁止で、レンタルのみ。料金は餌代も含め大人で1時間1190円。釣ったコイは持ち帰れず、釣り堀に戻す「キャッチ&リリース」がルールだ。

 

 よく見ると、プールに出入りするためのステンレス製のはしごや足洗い場など、昔の面影が残っている。子ども向けのプールがあった場所には板を敷き詰め、夏場はビアガーデンとして使われている。

 

■屋外プール復活せず

 

 「赤プリ」の愛称で知られたグランドプリンスホテル赤坂(旧赤坂プリンスホテル)。若者のデートスポットとしてバブル期に一世を風靡(ふうび)した赤プリは、直径15メートルの珍しい円形型の屋外プールが人気を集めていた。

プールサイドでは婚礼やビアガーデンなども営業。だが「07年に別館の耐震工事をする際にプールの配管などにも影響が出るため使用できなくなった」(プリンスホテル)。営業担当者から「運営を続けられれば」と惜しむ声も出るなか、宿泊者らの憩いの場だったプールは姿を消した。

 

 同ホテルは老朽化や周辺施設との競争激化で利用客が減少。11年3月に営業を終了し、その後解体工事に入った。建物を保有する西武プロパティーズ(埼玉県所沢市)は跡地にホテルやオフィス、店舗などが入った新しい複合施設を16年ごろに開業する計画で、スパとジムを併設した屋内プールが作られるという。

 

 政治の中心地、東京・永田町に立地するザ・キャピトルホテル東急。ここにも前身の東京ヒルトンホテル、キャピトル東急ホテル時代には小さいながら屋外プールが存在していた。10年に現在のホテルとして新たに開業した際に、フィットネス施設の1つとして屋内プールが設置されたが屋外プールは復活しなかった。

減っているのは時代の趨勢(すうせい)かもしれない。ホテル専門の不動産投資信託(REIT)を運営するジャパン・ホテル・リート・アドバイザーズ(東京・渋谷)の鈴井博之社長は「かつては家族連れが楽しむ場だったホテルのプールだが、最近は健康増進のためというように利用者の意識が変わってきた」と語る。このため、季節を問わずに1年中利用できる屋内プールが好まれるようになったというわけだ。

■外資系はフィットネス型

 

 実際、都心にある外資系高級ホテルのプールはほとんどがジムに屋内プールを併設したフィットネスクラブ型になっている。東京駅に隣接するシャングリ・ラ ホテル 東京や、汐留駅近くのコンラッド東京などがその例で、宿泊者とフィットネス会員のみが利用できる。

 シャングリ・ラ ホテル 東京の場合、個人だと約44万円(別途約16万円の入会金が必要)の年会費を支払えばフィットネスクラブを自由に使うことができる。利用者が限られるため混雑することはめったになく、「ホテルならではの特別感をご満喫いただけます」と担当者は胸を張る。

 

 そもそも最近の外資系ホテルはオフィスや商業施設が入った高層複合ビルの一角にテナントとして入居するケースが多く、屋外プールは当初から計画していないようだ。なぜ高層複合ビルなのか。

 

 ホテル事情に詳しい関係者は「東京に魅力を感じている外資系高級ホテルは多いが、地価が高い東京で土地や建物から購入すると多額の費用がかかる。テナントであれば建物の初期投資がからないため、採算がとれやすく、事業の失敗リスクもある程度抑えられる」と指摘する。

 

 「ホテルが再開発ビルに入居すると容積率が緩和されるケースがある」(鈴井氏)という開発会社側の事情もありそうだ。さらに、同じ複合ビル内にある商業施設やオフィスを訪れる観光客やビジネス客のホテル利用も期待できる。

 

■残る屋外プールは健闘

一方で夏場にしか収益を生まない、運営維持費が大きいといった課題を乗り越え、多彩な集客策で人気を博しているホテルの屋外プールも少なくない。

 ホテルニューオータニは今夏からプールの夜間営業(午後6時から10時)を増やしている。昨年は水~土曜日までの週4日だったが、今夏は月~土曜日の週6日営業にした。さらに今年はレディースデーを新たに設け、月曜と火曜は外来の女性客は4000円(通常は5000円)にした。

 

 これらが奏功し、8月のプールの来場客数は前年比1~2割増と好調だ。「ホテルで都内最大級の屋外プールを維持するのはそれなりのコストがかかるが、ほかにはない集客力のある夏の強力なコンテンツ」と担当者は言う。

 

 新宿の高層ビル群を眺めながら泳げる京王プラザホテルの7階屋上のスカイプール。同ホテルは昨年、プールの更衣室を改装し面積を拡大した。シャワー室を増やしたほか、女性向けの化粧室も新設するなど力を入れる。ターゲットは家族連れに加え、仕事帰りのOLやビジネスマンだ。

 

 東京プリンスホテルは「屋外プールの色々な使い方を提案していきたい」と、7月末にプールサイドでウクレレとギターの音楽会を企画した。当日は残念ながら悪天候で館内での演奏に変更になってしまったが、それでも約100人の客が参加したという。(細川倫太郎)

日本経済新聞より引用しました。