キャベツと白菜、違い分かる? 食育は食卓から

芝エビではなくバナメイエビ、車エビではなくブラックタイガー、ブランド野菜ではなく普通の野菜……。食品偽装問題が世間を騒がせたのは記憶に新しい。だが、そもそも「レタスとキャベツの見分けがつかない」という大人がいる。食品偽装うんぬんのはるか手前の“残念”な状況にある。

■「土中にグレープフルーツ」

東京都武蔵野市に住むAさん(43)の夫は食材の名前をあまり覚えていない。「今日は鍋にするから白菜を買ってきて」と夫に買い物を頼むと「白菜って丸くないやつだっけ?」という返事。明らかにキャベツやレタスと混同している。魚も同様。サンマやマグロは区別できても、エボダイとアジは分からない。

 「料理に手を抜かない専業主婦の母に育てられ、自分でも料理はするし、味の違いも分かる夫なのに、レタスとキャベツ、白菜が覚えられない」とAさんはあきれる。夫は食べ物の姿形はどうでもいいようで「覚える必要のないことだと無意識のうちに排除しているらしい」とAさんは推理する。

 

 「新人が『グレープフルーツって土の中に生えているんですよね』と聞いてきたときは『おいおい、そんなんで大丈夫か』とあきれてしまった」と明かすのは、食品スーパー大手マルエツの大和中央店(神奈川県大和市)で青果部門主任を務める坂巻康平さん(25)。「ブロッコリーをブッコロリーと覚えている新人もいた」

 

 かくいう坂巻さん自身も高卒入社で青果部門に配属されたときは、デコポンとイヨカンの区別がつかず、谷中しょうがを「たになかしょうが」と呼び、ズッキーニはキュウリの仲間だと思っていた。

 

 「栽培の現場を見たことがなく、買い物にも行かない。調理された状態しか知らずに育てば、食材の本来の姿が分からない大人が増えるのは当然」と料理研究家の服部幸應さんは指摘する。

 

 食材の本来の姿を知らなくても家庭では困らないかもしれないが、流通の現場では致命的だ。レジ打ちの際、バラ売り青果は自分で商品ボタンを選択しなければならない。客に「これ何ですか」と聞くわけにもいかず、間違えればクレームに直結する。売り場では「どのトマトが甘いの?」などと品種の特性を聞かれることも多々ある。坂巻さんも「入社してからいつもヒヤヒヤだった」と打ち明ける。

 

 会社としても従業員が経験を積むのを待っているわけにはいかない。マルエツでは職場内訓練(OJT)に加え、野菜、果物、魚、肉といった全11科目の商品知識検定を年2回実施する。90点以上でないと不合格。本社スタッフも月に1回は店舗販売の応援に入るので、社員は全員に受験が義務付けられている。会社が用意する検定用の分厚いテキストは従業員にとってバイブルのようなものだ。野菜だけでも112ページある。

 

 坂巻さんはテキストに加え野菜ソムリエの本なども買い足し知識を深め、昨年、果物の検定に合格。その後、主任に昇進した。今は野菜の検定の発表待ち。イチゴ1粒で「あまおう」「とよのか」「とちおとめ」などの品種がすぐ分かるまでになった。

 

 新しい品種が次々に登場するので「勉強は欠かせない」。最近はホウレンソウでも根元が赤くなく葉先もギザギザしていない西洋種が増えてきた。「小松菜と区別がつかないという若者が増えているのも分かる気がする」と坂巻さんはちょっぴり同情する。

栽培体験で興味持たせる

 食材を見分ける力の第一歩は、興味の持ちようで大きく変わってくる。幼いうちから野菜に対する関心を高めさせようと力を入れるのが、東京都八王子市立中山小学校だ。2年前から1~2年生を対象に「野菜となかよくなろう」という授業を実施している。

 シルエットや香り、手触り、食感で野菜の名前を当てるクイズは好評だ。楽しみながら野菜の栄養や調理法を学ぶ。担任とともに授業を担う栄養士の田中正子さんは「苦手な野菜でも食べてみようという意欲を育てたい」と言う。

 同校では学年ごとにニンジン、カブ、大根、白菜、小松菜、チンゲンサイ、インゲン、ナス、トマトなど季節に合わせて栽培し、収穫した野菜を給食で使う。大雪の後遺症が残る2月18日の給食には、前日に子どもたちが収穫したニンジン入りの韓国風肉じゃがが登場した。雪の下から掘り出したニンジンを冷たい水できれいにあらい、給食室に届けるまでが子どもたちの仕事。「大事な食材を調理してもらう。そのありがたさを実感してほしいから」と中島祥広副校長は狙いを話す。

 野菜だけではない。4年生では大豆を栽培し味噌まで作る。5年生は米作り、6年生は麦作り。それも一からだ。例えば米作りでは種まき、苗作り、田起こしから収穫、精米、もちつき、さらにはしめ縄作りまで体験する。

 6年生たちの反応からは、効果のほどがうかがえる。「野菜の良さが分かるようになった」(木村航太くん)という声のほか「実際に作ってみて芽キャベツという野菜があることを知った」(和田芽依さん)、「季節によって作れる野菜が違うことを知った」(柴田瑠花さん)との反応からは、百聞は一見にしかずと分かる。「ピーマンやゴーヤが食べられるようになった」(宮内魁くん)と苦手を克服したり「家で料理をするようになった」(嶋田美菜穂さん)と、行動に変化が表れたりした子もいる。

 子どもは家に帰れば親を見ている。服部さんは「食育の基本は家庭の食卓。テレビを見ながら携帯電話をいじりながらでは何を食べたのかさっぱりわからない。親からまず態度を改める必要がある」と力説する。

■野菜ソムリエもひと肌

 野菜の食育には日本野菜ソムリエ協会も力を入れる。5~9歳を対象に昨年始めた「野菜ソムリエの野菜ぎらい克服塾」では、子どもが嫌いな上位7種(ピーマン、ナス、トマト、ニンジン、シイタケ、キュウリ、ホウレンソウ)を食べられるようにすることを目的にする。

 「野菜嫌いをしつけで直すのではなく、興味を引き出し、様々な食体験を通しておいしい、楽しいという記憶をインプットしていく」と事務局。栽培キットで育てたり、切って中身を観察したり、時には調理の手伝いもする。

 「野菜を潰して正体を隠すような食べさせ方ではなく、判別できる形でも食べられるようにすることが大切」。月2回の全12回で入会金1万円、月謝5000円。同協会は野菜ソムリエ資格を持つ子育て経験者を募り、塾を全国に広げたい意向だ。

 

日本経済新聞より引用しました。