ちりめんじゃことシラス干し 呼び名で味わう食文化

ご飯のお供にぴったりのちりめんじゃこ。サラダやパスタなど洋食とも相性がいい。先日、関東出身の友人から「シラス干しとどう違うの?」と聞かれて戸惑った。大阪出身の記者には、シラス干しという呼び名はなじみが薄い。どうやら、ちりめんじゃこと呼ぶのは主に関西より西らしい。なぜそうなったのか、探ってみた。

■天日干し、織物ほうふつ

まず兵庫県加古川市にあるちりめんじゃこ専門店「じゃこばんざい」に向かう。店主の中尾彰良さんが「ちりめんじゃこはイワシの稚魚のシラスを食塩水でゆで上げ、天日で干した加工食品。ほとんどはカタクチイワシの稚魚を使っている」と教えてくれた。

 同店では大きさや産地の異なるちりめんじゃこ5種類を扱う。頂くと、軟らかいもの、硬くてかみ応えのあるものなど、食感は様々だ。

 

 シラス干しとは違うのだろうか。「材料は全く同じ。関西でちりめんじゃこと呼ぶのは、シラスを広げて天日干しする際、絹織物の縮緬(ちりめん)を広げたように見えたからだと聞きます」と中尾さん。確かにシラスの身がよれた感じが縮緬に似ていると言えなくもない。

そこで、京都府与謝野町にある丹後ちりめん歴史館を訪ねた。見せてもらったのは、何種類もある縮緬の中で最もオーソドックスな無地縮緬。今井英之館長は「縮緬とは縮れた織物の意味。シボと呼ばれる生地の凹凸は、人間の技ではできない自然の質感で、それが乱反射による光沢を生む」と話す。

 縮緬技法安土桃山時代天正年間に、中国から堺に伝来し、京都の西陣に伝わったとされる。江戸時代に入ると高級織物として庶民の間で広まり、江戸中期の1720年代に技が丹後に伝わったという。今井館長は「その際に東の方へも流れたが、関西や北陸が主産地になった。丹後や滋賀県長浜の縮緬は有名です」と胸を張る。関西で縮緬が普及したから、ちりめんじゃこという呼び方も広まったのだろうか。

■うまみ凝縮、ダシ文化にマッチ

 

 考えていると、梅花女子大学名誉教授の石沢小枝子さんが「関東発祥のちりめんもありますよ」と教えてくれた。同大学の図書館へ向かう。

石沢さんが見せてくれたのは「ちりめん本」という古い絵本。江戸出身の商人が明治初期に作ったとされる。日本の昔話や風俗が多色刷り木版画で印刷され、文章は英語やフランス語など外国語だ。縮れた和紙の手触りは確かに縮緬に似ている。「当時は欧米人が珍しがって、お土産用に多く売れた」と石沢さん。

 ちりめんが付く言葉は関西特有というわけでもないようだ。例えば、花のちりめん葉牡丹(はぼたん)や野菜のちりめんキャベツなどがあげられる。

 

 関西とちりめんじゃこのつながりがはっきりしないまま、大阪湾に足を延ばした。現地の漁師らと商品開発したちりめんじゃこブランド「漁商 卯之助」を生産するエイライン(大阪府泉大津市)の代表、横山あおいさんに話を聞く。「大阪のダシ文化がカギなのでは」。思わずはっとした。

 

 「関西の人たちは昆布ダシや合わせダシなど、繊細な味に敏感な舌を持つ。おいしいダシをとるために、栄養とうま味が凝縮するまで、シラスをしっかり乾燥させたのではないか」と横山さん。

 

 再びじゃこばんざいの中尾さんに尋ねると、「地域によって違いはあるが、一般的にはシラス干しは半乾き、ちりめんじゃこはしっかり乾かす、という違いがある」と答えてくれた。

 

 通常、関東ではシラス干しをそのまま味わう。それに対し、関西のちりめんじゃこは煮物やみそ汁のダシもとる。そのため、シラス干しより乾燥時間が長く、より身が縮れて、縮緬の風合いに似たちりめんじゃこが生まれた、という背景のようだ。じゃこ(雑魚)には煮干しの意味があり、シラス干しとはきっちり区別したのだろう。

 

 地域の食文化と食材の呼び名は深く結びついていると納得。ちりめんじゃこをぐっとかみ締めた。

 

(大阪・文化担当 安芸悟)

日本経済新聞より引用しました。