日本のカレーはなぜジャガイモを入れるのか

友人の家で論争になった。「カレーにジャガイモは必要か」。入れる派は「昔から入っていた」「とろみがついておいしい」と主張。入れない派は「ジャガイモとご飯は合わない」「溶けた食感がイヤ」と応戦する。そういえばレストランのカレーはジャガイモがないことが多い。家庭のカレーはなぜ、ジャガイモが定番なのか。

 

■ジャガイモは「カレー三種の神器」

 ホクレン農業協同組合連合会などが2012年に立ち上げた「じゃがい問題研究所」。ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が所長を務める研究所が1000人の男女に尋ねたところ、95%が「カレーにジャガイモが入っていてほしい」と答えた。カレー専門店「カレーハウスCoCo壱番屋」でも、ジャガイモの入った「やさいカレー」は「毎月5位以内に入る人気メニュー」だという。

 カレー研究の第一人者、カレー総合研究所の井上岳久所長によると、ジャガイモはタマネギ、ニンジンと並んで「カレー三種の神器」の1つ。明治時代から定番食材となっていたらしい。なぜ、ジャガイモが選ばれたのか。

 カレーが日本に伝わったのは明治初期。英国から上陸したといわれている。実は、当初はカレーにジャガイモは使われていなかった。「英国のカレーはもともと肉を食べるためのソースだった」(井上所長)からだ。

 ちなみに、最初にカレーを食べた日本人といわれるのが山川健次郎。後に東京帝国大学の総長となる人物だ。福島県会津地方出身で、兄は会津藩の軍事総督を務めた山川大蔵(おおくら、後の浩)、妹は日本人初の女子留学生、山川捨松だ。現在放映中のNHK大河ドラマ「八重の桜」にも登場している。

1871年(明治4年)、国費留学生として米国に旅立った山川健次郎は船の中でカレーに出合う。井上宏生著「日本人はカレーライスがなぜ好きなのか」(平凡社)によると、当時16歳の健次郎少年は、カレーの下のご飯だけを食べていたという。

 カレーの歴史について書かれた本を調べてみると、ジャガイモがカレーの食材として登場したのは1900年前後からのようだ。

 

 小菅桂子著「カレーライスの誕生」(講談社)によると、1896年(明治29年)、カレーの材料として「芋」が登場する。1903年(明治36年)には雑誌に作り方が出ており、「わさびおろしですりおろす」とある。レシピには小麦粉はなく、ジャガイモでとろみを付けていたようだ。

■決め手は保存性 海軍カレーが普及の起爆剤に

 

 徐々に使われ始めたジャガイモだが、まだ定番食材ではない。どうして「三種の神器」とまで呼ばれるようになったのか。

 

 「海軍のメニューとして取り入れられたのが大きかった」。カレー総研の井上所長は歴史を振り返る。「ジャガイモとタマネギ、ニンジンは保存性があり、長期の航海にも耐えられる。これらを使った作り方が軍隊経験者を通じて全国に広まり、家庭で作るカレーの定番となった」

 

 家庭では当たり前となったジャガイモ入りカレー。ただし好みは分かれるようだ。「煮崩れすることでまろやかになると好む人と、味が薄くなると嫌がる人がいる」(エスビー食品

 

 地域差もある。東日本では煮崩れしやすい品種「男爵」が中心だが、西日本では煮崩れしにくい「メークイン」が好まれる。このため西日本出身者の中には煮崩れに対して敏感に反応する人が多いという。

 

 カレーの種類も影響する。エスビー食品では「ディナーカレー」のパッケージに記載するレシピにジャガイモを使っていない。「欧風カレーはソースそのものを味わうのが商品コンセプト」だからだという。確かに、欧風をうたう専門店のカレーにもジャガイモは入っていないことが多い。インドカレーも同様。やはりジャガイモを入れるのは日本風のようだ。

 

 

 

■定義バラバラ 「新ジャガ」とは何か

 

 カレーの材料を買おうとスーパーに出向くと、「新ジャガイモ」が大量に陳列されていた。この新ジャガ、分かっているようで具体的に何を指すのか実はよく知らない。改めて専門家に聞いてみた。

 

 尋ねたのは元北海道立農業試験場職員で数多くの品種を世に出したジャガイモのスペシャリスト、浅間和夫さん。現在は「ジャガイモ博物館」というサイトでジャガイモ情報を発信している。

 

 「新ジャガの定義は地域や業界で違います。春先に出回るのは九州産で、完熟前のものが多い。やや小ぶりで皮がまだしっかりしていなくて、みずみずしいのが特徴です。北海道の新ジャガは6月から夏場にかけて出てきます。早いものは男爵ではなくワセシロなどの品種が多い。北海道の場合、皮がしっかりしてから出てくるので、貯蔵性に優れています」

 

 浅間さんによれば、未熟なジャガイモはデンプンになっていないグルコースブドウ糖)が多い。つまり、ホクホク感は出にくいが、甘みが強い。光に当たると緑化しやすく、えぐみが出る。早めに食べた方がいいという。

■春先の新ジャガは未熟イモ ポテチの新ジャガは完熟イモ

一方、「ポテトチップス業界で新ジャガといえば、すべて完熟イモのこと」。糖分が多い未熟イモは焦げやすいからだという。ここでいう新ジャガとは、「その年の最初の収穫」「はしり」を意味しており、新米などと同じような意味だ。

 ちなみに春先にスーパーなどの店頭で見かける新ジャガは、単に新ジャガとだけ書いてあることが多い。どんな品種なのか。青果卸大手の東京青果に聞いた。

 

 「九州産のニシユタカやデジマが多いですね。特にニシユタカはこの時期、メークインよりも取り扱いが多くなっています」(営業本部の加藤宏一さん)

 

 

 

■ジャガイモの語源はジャカルタ

 

 南米アンデス地方が原産のジャガイモは、江戸時代にオランダ人が長崎にもたらした。ジャガイモという名はジャガタラ(ジャカルタ)経由だったことに由来する、といわれている。「ジャガタライモ」が変化したという。馬鈴薯(ばれいしょ)は中国の名前からきている。

ナス科で、花もナスによく似ている。その花は、フランス国王ルイ16世の王妃、マリー・アントワネットがこよなく愛した、という逸話でも知られている。王妃は花を髪飾りにしていたという。

 ちなみに根を収穫するサツマイモに対し、ジャガイモは地下茎。光を浴びると芽が出やすくなるので、暗い場所で保存する。蛍光灯でも芽が出るので注意が必要だ。

 

 冷涼な気候を好み、日本では北海道が圧倒的なシェアを占める。湿気を嫌うので、梅雨のない北海道の気候がマッチしたようだ。九州では夏場の栽培を避け、春と秋の二期作が多い。

 

 男爵とメークインが有名だが、最近は多様な品種が登場している。中でも個性的なのが「インカのめざめ」。ジャガイモの原産地であるアンデスの品種を日本向けに改良したもので、栗のようなホクホクとした甘さが特徴。ただし芽がすぐ出てしまうので、スーパーなどは一部でしか取り扱っていない。

 

 このほかにもキタアカリ、とうや、デジマなどそれぞれ味わいが異なる品種がある。世界を見渡すと、実に2000種を超えるという。料理ごとに使い分けたり、同時に食べ比べてみたり。ジャガイモはまだまだ、奥が深い。(電子報道部 河尻定)

日本経済新聞より引用しました。